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中村啓氏インタビュー 後編

ドーム(プラネタリウム)などの特殊大型スクリーンを中心に、アニメ、ゲーム、プロジェクションマッピング、企業PV、CMなど映像製作でも多方面に渡って活躍されている中村啓氏に前後半に分けてお話を伺いました。

中村啓
なかむら けい

山梨県出身
TVアニメ、ゲーム、プロジェクションマッピング、企業VP、CMなどの多方面でフリーランスとして活躍され、現在はドーム(プラネタリウム)などの特殊大型スクリーンやVRの映像製作を中心に幅広い分野で活動されています。

鳴海アラタ様の描かれた原作の漫画、「10000光年双眼鏡」をプラネタリウム映像として製作され話題に、2021年7月27日に開催されたLightWave 3D クリエイターズ ウェビナー Vol.3 「プラネタリウム映像 「10000光年双眼鏡」メイキングセミナーで、ドーム(プラネタリウム)映像を製作する上でのチップスやテクニックを前半と後半の二部構成で惜しみなく語っていただきました。


本ウェビナーに向けて、LightWave 3D クリエイターズ ウェビナー Vol.3 「プラネタリウム映像 「10000光年双眼鏡」メイキングセミナーの紹介動画を作成いただきました。



ドーム映像「10000光年双眼鏡」の制作についてお伺いします。この作品を制作されたきっかけを教えていただけますでしょう?

きっかけは、2020年5月、鳴海アラタ様の描かれた原作の漫画「10000光年双眼鏡」をSNSで拝見したことです。その内容に感動し、ツイッターの「これドーム作品にしたいなあ」という呟きを監督の井内雅倫様が、それを見つけて拾ってくださいました。一ヶ月後には制作が仮決定していました。

ただそれでも原作者様やプロジェクトに外部で関わってくださる大半の方にとって、自分は全くの無名です。実現に関して許可やご協力、ご理解をいただけるかも分かりませんでした。

そこで最初の会議が開かれる前に、冒頭の数分間を自主的に作りました。そのパイロット映像があったことで、なんとなく流れが見えて本格的にプロジェクトも動き出してくれたという感じです。

この作業であらかじめ困難になる部分や問題点もすべて洗い出せたという、もう一つの効果もありました。

常日頃、平面映像に匹敵するくらいインパクトのあるドーム映像を作りたいと思っていたので、たまたま運良くこの作品に出会え、また、素晴らしいスタッフに恵まれ、この機会をいただけました。今思い返しても幸せな流れだったと思います。


「10000光年双眼鏡」の制作期間はどのくらいだったのですか?

2020年5月のツイートから大体同年7月に制作が決定し、翌2021年の3月末に納品という感じです。従って実際の制作期間は結構短めだったのですが、パイロット映像から対策を打てた事が大きかったです。それがなかったら、期間内に完成していなかったと思います。

問題に直面してからどうしようとなるのではなくて、あらかじめこういう問題が起こりそうだと分かる箇所は先回りして潰しておくべきだな、と当たり前のことを再認識した出来事です。

パイロット映像、作っておいて良かった…と思いました(笑)。

結局は、対策が全てなんです。問題に直面してからどうしようとなるのではなくて、あらかじめこういう問題が起こりそうだと分かる箇所は、先回りして潰しておくんですね。それをやらないと仕上げることは難しかったです。


パイロット映像はそういった問題を推測した上で作られたのですか?

そうですね。どういう画にするかという部分は、プレゼンで最も伝わりにくい部分です。どういう画にするんだろうという問題にも、こういう画にしますという形で出すのが的確で最良です。


パイロット映像はどのくらいの期間で作られたのですか?

だいたい1ヶ月です。実のところ、この作品果たして作れるかな…と、自分も不安だった部分もありました。他の方の大切な仕事を形にしていくものなのです。

その前の年に関わった30分の2作品は、自分のテイストで作れました。いちいち立ち止まることがなかったのですが、今回は全く違います。

スピードを乗せられるところを乗せられない、という状況も想定されました。


「10000光年双眼鏡」はアニメの作品ですが、原作に近づけるために苦労された点や工夫された点、またこだわりなどがあれば教えてください。

鳴海氏の絵柄を正確に再現するために、鳴海氏専用セルシェードをノード内で自作しています。これは通常のセルシェーダよりも情報を間引くといった方向性のものです。本来落ちる影が落ちなかったりとか、ある一定の距離を離れると影が適当になるとか、そういうものですね。

パイロット映像から作り方もほとんど見直して、原画(漫画)を最大限活用する方向に改めました。3Dとして優れていることではなく、鳴海氏の画が動いていることの方に、より重きを置くように考え方を正しました。

原作はSF/ファンタジーの軸に属する作品ですが、この作品に出てくる科学要素は担当の方々が現在の実情に基づいて、非常に正確におこなってくださいました。

地球には歳差運動(地球のコマの首振り運動)というのがあります。これによって周期的に北極の向きが変わります。10000年後の地球では現在と星の見え方が違うのです。企画を立ち上げる少し前に、ブラックホールの撮影画像も話題になりました。そういう時事性の高い天文要素も、作品性を邪魔しないよう注意しながら入れ込みました。

作品が完成してすぐ、ネット上でワームホールの数学的な学説も発表されました。それによると、ワームホールでは同じ時間での空間移動が起きるのではなく、移動先の時間が進んでしまうのだそうです。

この説に従うとこの作品は成立しないことになります。

納品前の音声スタジオで関係者一同で、こういう学説が出たんだけど作品仕上げちゃった…どうしようねとなったのは、最後のささやかな思い出です。


「10000光年双眼鏡」を観る方への見どころを教えてください。

大げさにはなりますけども、自分がドーム映像で持ち得るすべての知見と技術を注ぎ込んだ作品だと思っています。原作が平面映像の作品は、ドームの前の方、前面しか使わないというのがほとんどらしいんです。そういう形にしないで、文字通り360度で物語を展開しているというのが、この作品の最大のポイントだと思います。

そして、コロナ禍だったからこそ生まれ、そして形に出来た作品だと思います。

この数年はドーム業界は本当に苦労をしていると伺っています。集客施設である以上、お客さんの施設への印象はシビアだったと思います。そんな現場に少しでも明るい作品、明るい話題をという気持ちが多く込められています。

原作漫画は、どんな方が読まれても面白い内容です。その点を活かし、ドーム映像に興味がないとか、科学や宇宙にいまいち興味が持てないとか、いわゆる興味の全く違う層でも安心して触れられる作品…そんな印象を目指して、関係者一同で形にしたと思っています。


LightWave の気に入っている機能や良いと感じている点を教えていただけますか?

気に入ってる機能はノードです。ノード大好きです(笑)。ほとんどの作業を自動化できるので、自分にとっては本当に欠かせないです。

最近の LightWave でいいと感じているのは、レイアウトの顕著な進化です。バージョン10以降、特に重点的に手入れされてきたと聞いてますけれど、自分としてはそれに見合った結果になっていると思います。

LightWave 2018 以降でレンダリングの方式が大きく変わって、レンダリングが走査線型ではなくてバケット型になりました。自分には大きな出来事で、変更になった時は躍り上がって喜びました。

あとは、新しいヴォリューメトリクスです(自主制作の雲で大活躍しています)。大抵のヴォリューメトリックは設定を粗くすると影のチラツキの発生を確認してしまいますがLightWave のヴォリューメトリックはチラツキが少ないように感じています。

プラグインも細かく見ていくと、昔に比べて出来ることが凄く広がったなと感じます。

レイアウトには、脇でどんなツールを使ったとしても受け入れてしまう寛容さみたいものがあります。重たい自主制作のデータを扱う時に特に実感します。自主制作のデータ量は、他ツールではなめらかに再生するというのは厳しいです。


LightWave のリクエストがあれば教えてください。

ドームという分野から三点お願いです。

1つ目が、MDDです。MDDは素晴らしいフォーマットなのですが、現在は他ツールとの連携がほぼ出来ません。自分が使っている 3ds Max ではpc2/xml形式を使っていますが、それでもMDDほど融通の効きません。可能であれば他ツールとのインフラを整備して、ポイントキャッシュ標準を目指してほしいです(笑)。

現在主流のAlembic とか FBX ではジオメトリと別の変位情報だけを扱いたいという場面では苦労します。そこをうまく MDD で埋めてほしいと思っています。

2つ目が、NDIです。ドームプレビューツールのAmaterasDomePlayerが先日「NDI」に対応しました。

このNDIは LightWave の開発元のNewTek発のものになります。ネットワーク経由で直接画像や動画をやり取りするものです。Lightwave がNDIに対応することで、レイアウトでF9を押したレンダリング結果をファイルとして保存せずに他で扱えるようになるはずです。

現状 LightWave から直接NDIにデータを吐き出すことはできませんので、ぜひ可能になるようお願いしたいです。

もしこれが可能になれば、AmaterasDomePlayerが LightWave のレンダリング結果と直にリンクできます。AmaterasDomePlayerは、OcculasでVRプレビューができたりドームも観れたりするので、NDI対応で便利なプレビュー環境が用意できると信じています。

余談ですが、AmaterasDomePlayer開発者の高幣氏は昔Lightwaveのプラグインを開発されていたとのこと。よく記憶していないのですが、初めてお話した折も LightWave の仕様もよくご存知でした。なので、NDI対応をぜひお願いしたいです。

3つ目、最後にパーティクル/ポリゴンサイズレンダーです。オブジェクトプロパティにパーティクル/ポリゴンサイズレンダーというのがありますよね。いわゆる1ポイントポリゴンを何ピクセルでレンダリングするかという機能です。あの部分にノードを実装してほしいです。

どういうことかと言うと、NASAが作る星カタログを読み込んで出力する場合、もし、パーティクル/ポリゴンサイズレンダーでそれらから必要な情報を拾えれば、非常に正確に天体の見た目や大きさをピクセル単位で反映できるようになります。

海外ではその昔LightWave でドーム映像を制作してる層がある程度あったのかも…と感じていますが天文関係の方が LightWave を使っていた場合、ほぼ同じことをおっしゃるだろうな、と思います。

この点ポリゴンという考え方は、LightWave 特有です。LightWave 独自の箇所として機能を強化しておく意味も、個人的に大きいんじゃないかと思います。

ぜひこういった箇所から、特殊スクリーン分野での強さを発揮してほしいと願っています。


では、皆さんにメッセージをお願いいたします。

LightWave は価格はお手頃、でもやれることはすごく多いツールだと思っています。進化が激しい昨今、メインツールの脇に常に有力な選択肢として考慮するだけの価値を感じます。3Dでは制作途上で何が起きるか分からないという怖さがありますが、LightWave には歴史がある分、そういう部分に対する強靭さや柔軟性みたいなものも併せ持っているように、個人的には感じます。

ドーム映像に関して言えば、ドーム映像はぜひ実際にドームで観て欲しいです。VRとも体験の質が違うし、ドーム映像を観た時のあの感覚ってなかなか言葉で表現できないです。ウェビナーではその臨場感はちゃんと伝えられない部分です。

ドーム映像はとにかく作り手が足りない分野…ぜひ挑戦してほしいと個人的には思っています。

自分もドームにおいてより良質な体験を作っていけるよう、今後も頑張って精進していくつもりです。


ありがとうございました。